09月 « 2017年10月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  » 11月

スポンサーサイト

--年 --月--日 --:-- (--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

南京大虐殺の捏造に貢献した元朝日新聞記者、本多勝一

2016年 05月06日 14:03 (金)

元スレ おーぷん2ちゃんねる

【日中/歴史戦】南京が顕彰した男(上)南京記念館が賛美する元朝日記者/“大虐殺”の(デマ)宣伝に貢献「小日本にもスゴい記者が…尊敬するよ」[H28/5/1]

1 名前:第13艦隊◆IpxlQ2BXrcdb[sage] 投稿日:2016/05/01(日)15:54:42 ID:???

歴史戦 南京が顕彰した男(上)

南京記念館が賛美する元朝日記者

“大虐殺”の宣伝に貢献

「小日本にもスゴい記者が…尊敬するよ」


本多勝一

「小日本(日本人に対する蔑称)の中にもスゴい記者がいたんだね。尊敬するよ」

中国・江蘇省南京の「南京大虐殺記念館」。

展示の後半にある「南京大虐殺史学研究及(およ)びその影響」というコーナーに掲げられたある男性の写真や著作に見入っていた50代の女性が、複数の同行者に大声で話しかけた。

団体旅行とおぼしき年配の集団で、おそろいのピンクの帽子には浙江省寧波の地名が読み取れた。

1997年に『ザ・レイプ・オブ・南京』を著した中国系米国人アイリス・チャンの紹介の左隣に大きなサングラスをかけ、素顔を隠した人物の写真が並ぶ。

男性は元朝日新聞記者、本多勝一。

「大虐殺」を世界に周知するうえで大きな貢献をした数人の日本人のひとりとして本多は顕彰されているのだ。



館内の展示は大半が中国語と英語のほか、日本語の説明も記されている。

顔写真の真下に展示されていた本多の著書

ガラスケースの中には『南京への道』『裁かれた南京大虐殺』『中国の日本軍』など5冊が並べられていた。





当サイト注釈

本多勝一

著書に載せた写真とキャプションについて

著書『中国の日本軍』において、「中国の婦女子を狩り集めて連れて行く日本兵。

 強姦や輪姦は幼女から老女まで及んだ」とキャプションをつけて写真を掲載。


o0617040511823769268_convert_20120710134429.jpg


 しかしこの写真は『アサヒグラフ』昭和12年(1937年)11月10日号に掲載された「我が兵士(日本軍)に援けられて野良仕事より部落へかえる日の丸部落の女子供の群れ」という写真であることが秦郁彦により指摘された。

 この写真は南京大虐殺記念館でも長い間、日本の残虐行為の写真として展示されていたが、信憑性に乏しいことから展示を取りやめている。



※この事件のあらましは「テレビにだまされないぞぉ」様のブログに詳しく紹介されている。



fumi_49_nanking_4.jpg


 また、『本多勝一全集14』の『中国の旅(南京編)』では「ヤギや鶏などの家畜は、すべて戦利品として日本軍に略奪された(写真;南京市提供)」とキャプションをつけて写真を掲載。

 しかしこの写真は、『朝日版支那事変画報』にて掲載された「民家で買い込んだ鶏を首にぶら下げて前進する兵士」という日本側が撮った写真であったことが示されている。


※この写真の捏造については「Chinkoro中国の反日政策」様のブログで詳しく紹介されている。





のぞき込んだ60代の男性は「日本人が研究した南京大虐殺の真相の本なんだから、なんで日本人全員が読んで謝罪しないんだ?」と、横にいた女性に向かって話した。

本多が取材で使ったというフィルム式の小型カメラ2台と、使い捨てのノック式ボールペン1本が仰々しく飾られていた。

証言を丹念に集めた取材で「真相」を本多が突き止めて告発した、とアピールしたかったようだ。

団体旅行の男女に話しかけたい衝動に一瞬かられたが、4年前に記念館で取材していた共同通信の男性記者が「おまえは日本人か」などと叫んだ中年の中国人の男から首を絞め上げられ、別の男からも殴る蹴るの暴行を受けた事件が頭をよぎった。

このため展示の前でしばらく黙って観察していたが本多の存在を事前に知っていたと思われる中国人は見当たらなかった。

参観者の多くは展示をみて、初めて「本多勝一」の名を知り、その上で「朝日新聞」に好印象を抱いたようだった。

東史郎

同じコーナーには、旧日本軍人としての南京での経験から「南京大虐殺」を告発したという著書『わが南京プラトーン 一召集兵の体験した南京大虐殺』を昭和62年に出版した東(あずま)史郎の顔写真のほかに、「中日友好」と東が書いた色紙も飾られていた。

日本では日中両国について記す場合、「日中」と表現するのが通例だが、東はあえて「中日」と中国を先にした。

東は元上官から名誉毀損(きそん)で提訴され、東京地裁で「残虐行為を裏付ける客観的証拠はない」として損害賠償を命じられたが、控訴した。平成12年1月には最高裁で敗訴が確定している。

記念館の展示ではそうした事実にはなんら触れず、本多やアイリス・チャンと並ぶ尊敬すべき人物としてスポットライトを浴びていた。



記念館であえて日本人の名前を出し、写真や物品まで展示して中国人にシンパシーを感じさせようとする狙いについて、南京のある歴史研究家は、「『少数の日本軍国主義者と大多数の日本人民を厳格に区分せよ』という毛沢東の対日政策『二分法』が南京でも生きている」と語る。

二分法は「共通の敵を打倒するため連帯できる諸勢力と共闘する」との毛の理論。

日本人全員を敵に回すことは中国にとっても得策ではないという。

記念館は熊本地震に対し、4月15日にインターネット上で「友人のみなさんご無事ですか?」とする異例の見舞いメッセージを発表した。

中国語のただし書きで、「熊本出身者を中心に編成された日本陸軍の師団が南京大虐殺の元凶だったが、熊本県日中友好協会の関係者が20年以上も記念館を訪れ、犠牲者を悼んでいる事実がある」などと説明した。

善意に基づくメッセージと思いたいが、本多らを展示でたたえた手法に近い印象も残った。

「愛国教育基地」として、地元や周辺地域の小中学校の児童や生徒の必須の参観場所となっている記念館。

中国の主張に同調する発言を行う日本人や関係者のみを“味方”と位置づけて、それ以外を敵視するという「二分法」を実践するほか、日本国内の世論を分断させることも対日工作の基本だと植え付けようとしているようにみえる。



根拠なき「30万人殺害」 

南京での取材「2日間で4人」




「南京大虐殺記念館」で顕彰されている元朝日新聞記者、本多勝一はカナダ北極圏の先住民に密着取材したルポルタージュなどで評価を高め、かつて「『朝日』のエース」(「週刊新潮」昭和46年9月25日号)ともてはやされたジャーナリズム界の“寵児(ちょうじ)”だった。

その本多と「南京」のかかわりは46年、朝日新聞夕刊での連載記事に始まる。

タイトルは「中国の旅」。

この年6月から7月にかけ約40日間、本多が中国各地を回った際の取材ルポだ。

連載は8月から12月まで全40回に及び、旧日本軍兵士らが中国各地で行ったという生々しい「残虐行為」を毎回のように克明に伝えた。

強制連行に反対した労働者が、その場で腹をたち割られ、心臓と肝臓を抜きとられた。日本兵はあとで煮て食ったという

日本兵は、赤ん坊を母親の手からむしりとると、その面前で地面に力いっぱいたたきつけた。末子は声も出ずに即死した

これらは、本多が中国で取材した「生き証人」らが語った内容だった。

にわかには信じがたい「蛮行」の数々は、当時の日本社会に大きな衝撃を与えた。

反発も大きく、一連の記事は、旧日本軍関係者らが否定したり、多数の疑義が呈されたりした。

朝日に対しては「ごうごうたる非難の投書が東京本社に殺到した」(朝日新聞社史大正・昭和戦前編)といい、論壇では「中国の旅」が報じた「南京大虐殺」などをめぐって論争が巻き起こる。



日本軍は長江に近い二つの門も突破して、南京城外へくりだした。(中略)南京城北七キロの燕子磯では十万人に及ぶ住民を川辺の砂原に追出しておいて、機関銃で皆殺しにした。(中略)南京城内も合わせて約二十万人が殺されたとみられている
46年11月5日朝日夕刊

これは9歳のころ、「南京大虐殺」を体験したという南京港務局内河船員の姜根福(連載当時43歳)が、本多に語った12年12月の南京陥落後の状況だ。

「中国の旅」第3部は「『南京大虐殺』の被害者たち」の証言を10回にわたり伝えた。

46年7月、空路南京入りした本多が、「二日間に四人から取材した」内容だ。


四人のうちの一人、姜の話を基に本多は「紫金山でも二千人が生埋めにされている。こうした歴史上まれに見る惨劇が翌年二月上旬まで二カ月ほどつづけられ、約三十万人が殺された」(46年11月5日)とも伝えた。

広島、長崎への原爆投下による合計犠牲者(推定)に匹敵する20万人や、「南京大虐殺記念館」の入り口に大書されている30万人が犠牲者数としてさらりと登場する。

だが、姜は何ら根拠は示していない。

一方、12年12月の南京攻略戦時、取材団80人あまりを現地に送り込んだ朝日新聞は、本多の記事とは全く異なる情景を報じている。

「中山路の本社臨時支局にゐても、もう銃声も砲声も聞えない。(中略)もう全く戦争を忘れて平常な南京に居るやうな錯覚を起す。住民は一人も居ないと聞いた南京市内には尚十万の避難民が残留する。ここにも又南京が息を吹返して居る」(「東京朝日新聞」12年12月16日)


連載当時、南京攻略戦に参加した元兵士や従軍取材した朝日新聞記者が多数存命していた。

にもかかわらず、本多が日本側の証人に、裏取り取材をした形跡は見られない。


「南京事件」をめぐるプロパガンダ(政治宣伝)を研究している明星大学戦後教育史研究センターの勝岡寛次はこう指摘する。

彼のルポルタージュは中国の“御用聞き”よろしく、史実に対する一切の検証も批判も度外視し、中国側の言い分を朝日新聞を通じて、一方的に垂れ流すものにすぎない



「歴史戦」取材班は4月、本多が編集委員を務める週刊金曜日編集部を通じ、「中国の旅」第3部で取り上げた中国人の証言や証言に基づいて報じた内容がすべて「歴史的事実であると考えるか」と質問した。

同編集部によると、本多からは「『産経新聞』の取材・報道姿勢等にこれまで多くの疑義を抱いているため、回答は差し控えたい」という趣旨の連絡があったという。

取材班は朝日新聞広報部にも「中国の旅」に関して「事実と異なる部分」について今後紙面で訂正や取り消しをする予定はあるか質問した。

広報部は「古い話であり、現時点では回答できることはありません」としている。(敬称略)



中国が「南京大虐殺」を広めるうえで大きな役割を果たした本多勝一。

「歴史戦」第16部では、本多の記事が与えた影響について検証する。
(敬称略)

産経ニュース 2016.5.1 07:27


関連資料

「南京大虐殺」を捏造した朝日人

2014092423433021c_convert_20160506135059.jpg

朝日新聞の偏向報道から子供の未来を守る!会


ネットの声

3 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2016/05/01(日)16:03:15 ID:XvP

本田勝一

森村誠一

植村隆


( `ハ´)日本の尊敬すべき三大ジャーナリスト。。。森村は作家かw

5 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2016/05/01(日)16:07:50 ID:Deq
>>1
碌でもないことにはほんと朝日が絡んでいるな





7 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2016/05/01(日)17:04:57 ID:AQ3 [1/3]

本多勝一
http://open2ch.net/p/newsplus-1462085682-7-490x300.png

8 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2016/05/01(日)17:06:11 ID:AQ3 [2/3]

松井やより
http://open2ch.net/p/newsplus-1462085682-8-490x300.png

9 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2016/05/01(日)17:12:32 ID:AQ3 [3/3]

朝日新聞
http://open2ch.net/p/newsplus-1462085682-9-490x300.png

10 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2016/05/01(日)17:20:07 ID:Tcg

えーと、、、

本田勝一

森村誠一

植村隆

加藤千洋

あと誰イルネ?


本当にさ、中国が日本を乗っ取った暁に「中華人民共和国日本地区」で功労者として遇してくれると思ってるんだろうかこの人たち

占領後も中共を称える記事を書き続ければ安泰?


15 名前:名無しさん@おーぷん [] 投稿日:2016/05/01(日)17:49:21 ID:dAY

朝日新聞は日本人へのヘイトを止めろ

22 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2016/05/02(月)16:24:52 ID:Qvb

「慰安婦」は事実上けりがついたでしょう

次は、731と南京ですかね

ぜ~~~~~んぶ 朝日がらみ


23 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2016/05/02(月)16:31:28 ID:Svq [2/3]

注意!!(大変残酷な写真が多数ございます。)

大虐殺派のウソ写真と証言

http://www.history.gr.jp/nanking/lie.html

もともと「南京大虐殺事件」は東京裁判から始まった“事件”である。
 
南京陥落後、松井大将は上海で2回も中国・日本を含む外人記者団と会見しているが、誰一人、この虐殺事件について発言する者も質問もなかったという。
 
それが東京裁判において、突如この“事件”が大々的に取り上げられたのである。




スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。